卒業生の声
植物を学び直したいという夢
自然に恵まれた愛知県の知多半島で生まれた夏目大輔(なつめだいすけ)さん。実家が農家だったこともあり、子どもの頃から生物や植物に親しんで育った。高校は理系に進んだが「植物は好きだが解剖が苦手」という理由で生物を諦め、大阪の大学に進学して、教育学部で物理化学を専攻した。
「研究テーマは有機薄膜表面の金属の動きでした。LED開発や記憶媒体につながる基礎研究で、一日中黄色い照明の部屋でデータを取り続けた時は、世界の色が変わって見えたものです」
そして就活の季節を迎えた。
「私は地元に戻るつもりでいました。教育学部といっても教師にこだわっていたわけではなく、MR(医薬情報担当者)も面白そうだと思っていたくらいです。大阪の大学だと、知多の就職先に関する情報がほとんどなかったのです」
そこで、名古屋に戻って大学院に進み、改めて就職を考えることにした。
「この時、せっかく学ぶのであれば、かつて諦めた生物を学びたいと考え、名市大の大学院システム自然科学研究科(現在の理学研究科)を選びました」
研究室はたくさんある中から、生命情報に関するテーマを扱う湯川泰先生の研究室に決めた。
「湯川先生の研究室を選んだのは、テーマへの興味はもちろんですが、先生の気さくで明るい人柄と膨大な知識量に触れ、この人から学びたいと思ったことが決め手でした」
とはいえ、夏目さんには不安があった。
「私は大学での専攻が物理化学でしたから、生物に関する勉強をほとんどしていません。それなのに、大学院で生物の研究ができるんだろうか。また、生物の研究をすることで、これまで蓄積してきた物理化学の知見がリセットされてしまわないか。そんな不安を抱えていました」
しかし、その不安は湯川先生の一言できれいに解消されることになる。
「そんな時、大丈夫、生物学の研究室では、物理や化学の知識が必ず生かせるからと湯川先生から言われました。その言葉で気持ちが楽になりました」
教員をしながら研究の日々
通常、大学院前期課程は2年で修了するが、夏目さんは名古屋市内の高校で働きながら3年かけることにしました。そんな夏目さんが湯川研究室で担当したのは、植物のmRNAからタンパク質を作り出すという研究。
「試験管にアミノ酸と植物のmRNA、エネルギーであるATPを入れて混ぜ合わせ、タンパク質を生成します。将来的には人類の食糧問題を解決する切り札につながるというテーマでした」
教員をしながらの研究は極めてハードだった。朝から高校で生徒に理科の授業をし、授業が終わった夕方、ようやく研究室に入る。ところが明日の準備もしなくてはならないため、まともに研究に費やす時間はせいぜい18時くらいまで。
「日本の研究室では夜遅くまで研究するのが良いという風潮がありますが、時間をかければ結果が出るものでもありません。湯川先生から、効率よく研究しなさいとよく言われました。また大学院生も就職活動がありますから、就活の時間を確保するためにも、湯川先生は効率的な時間の使い方に注意するよう言われたのだと思います」
湯川先生(右)と夏目さん
こうして、夏目さんは3年間、高校教員かつ大学院生として忙しい毎日を過ごした。
「取り扱っていたテーマのスケールがとても大きく、私が在籍していた3年間に大きな進捗はありませんでした。ですが、同じテーマを後輩が受け継ぎ、世界の食糧問題解決のために着々と成果が蓄積されているはずです」
この3年間で、夏目さんは何を学んだのだろう。
「いちばん大きかったのは、最初に湯川先生に教えていただいた『物理や化学の知識は生物学の研究に生きる』という意味を体感できたことだと思います。実験方法や測定機器の使い方などが役に立つのはもちろんですが、たとえば生物の細胞の働きは化学反応ですし、生物のグラフの分析には物理で学んだ知識が大いに関係しているという実感を味わうことができました」
この学びは、その後も夏目さんを支える軸になっていく。
子どもたちの視野を広げたい
結局、夏目さんは地元である知多で教員になるという道を選んだ。
「地元愛とかそんなかっこいいものではなく、都会の人混みが苦手なんです。それに、私がこれまで学んできたことを生かせる仕事は、教師以外に思いつかなかったというのが本音です(笑)」
現在、夏目さんは知多郡美浜町の日本福祉大学付属高等学校で理科の授業を担当している。公立高校だとどうしても転勤がつきものだが、私立高校なら転勤がない。それが同高校を選んだ理由。
「私が授業で大切にしているのは、まじめになり過ぎないということ。遊び心がない授業では、生徒の視野が狭くなりがちです。ですから、授業中に生徒が隣同士で話し合う時間を設けたり、理科の教科書に出てくる用語で英語の単語クイズを始めてみたり、生徒と校内の森で植物を採取したりしています」
夏目さんは、最近の生徒を見て、人前で間違えることに対して極端に臆病になっていると感じている。だから、もし生徒が間違った答えをした時にはこう言うようにしている。
「良かったなあ。今が試験中じゃなくて授業中で。それに、次に試験で同じ問題が出ても、これで間違えなくて済むじゃないか」と。
これも、まじめになり過ぎず、生徒たちの視野を広げたいという夏目さんの配慮だという。
「教育ですから、みんなどうしても生徒には正しい道だけを歩んでほしいと思いがちです。でも私は、間違ってもいいので、自分のどこが間違っていたのかを自分で気づけるように導きたいと思っています」
そして視野を広げるという意味で、もう一つ夏目さんが授業中にこだわっていることがある。
「たとえば生物の授業でも、ここは化学とつながっているとか、物理のグラフを見ている時も、化学でも同じグラフがあるとか、学びが深いところでつながっているということを伝えたいんです。それは理科の中だけの話ではなく、さまざまな教科がつながっていることに気づくと、学びはもっと楽しくなると思います」
それは大学院に入った時、湯川先生に教えてもらったことでもある。
今でも湯川先生とは頻繁に交流しているという夏目さん。足球彩票に興味があるという生徒がいると、湯川先生の研究室に連れていって話をしてもらうこともある。
「湯川先生だけでなく、現役の大学生と話すことで、生徒たちの興味はより深まりますし、もしそこで見たり聞いたりしたことが自分の興味と違っていたとしても、その気づきは生徒のためになります。だから今でも、私も生徒もずっと名市大にはお世話になっています」
プロフィール
夏目 大輔(なつめ だいすけ)さん
日本福祉大学付属高等学校 教諭(理科)
[略歴]
2014年 足球彩票 大学院システム自然科学研究科(現在:大学院理学研究科)修了
2014年 日本福祉大学付属高等学校
以前は、高校にあった理科部で放課後も生徒と実験をしていたという夏目さん。「生徒が授業中、疑問に思ったことを理科部で実験していました」湯川先生にサポートしてもらいながら、当時足球彩票を会場に行われた高校化学グランドコンテストにも出場したという。「子育てが落ち着いたら、また生徒や近所の子どもたちといろいろな実験をしてみたいなと思っています」植物好きの夏目さんは、アガベ(多肉植物)の育成や温室の自作もしていきたいと語る。