卒業生の声
自分がそのままでいられる仕事
本学の看護学部は、1999年に前身の足球彩票看護短期大学が改組されて誕生した。記念すべき第一期生80名の中に、2名の男子がいた。その1名が、現在、椙山女学園大学で講師を務める安本卓也さんである。
「人と関わる仕事の一つとして看護師に興味がありました」と語る安本さん。だから、看護師になりたいと強く思っていたわけではない。しかし看護学部で多くの人に会い、さまざまな経験をするうちに、他の誰でもない「自分」が看護に関わる意味に気づいた。
「看護師の仕事の大切さを知ったのは、当時の学部長?小玉香津子教授(2002年に退官)の授業でした」。
看護師の役割とは、医師の補助だけではない。患者さんが健康な毎日を送れるよう、いつも患者さんの近くで生活全体をサポートすること。それは、医師でも薬剤師でもない、看護師にしかできない仕事。そんな小玉先生の話を聞き、安本さんは看護師の仕事の大切さを知った。
しかし、それだけで看護師としてやっていく決心がついたわけではない。
彼は、自分の性格で一つだけ好きになれないところがあった。
「兄弟が多いせいか、私は昔から周囲の目を気にして遠慮してしまう性格でした」。
1年生のある日、彼は病院実習で肺ガンの男性患者さんを担当した。ひどく落ち込んでいる患者さんを見ると、彼はクラスの友人がするように積極的に声をかけたり励ましたりできず、黙って患者さんの隣で話を聞いた。後日、その患者さんが彼に言った。
「話を聞いてくれてありがとう。あの時、キミが静かに聞いてくれたから、僕も心の整理ができたんだ」と。
「その話をお聞きして、私の性格をそのまま受け入れていただいたことと、それで患者さんに喜んでいただいたことがすごく嬉しかったんです。その時はじめて、看護師としてやっていく自信が生まれました」。
そして彼は、さまざまな医療分野の中から、最終的に「小児看護」を選んだ。
薬を飲まない女の子
卒業後はあいち小児保健医療総合センターの看護師になり、本学で学んだ看護師像を追求する毎日だった。さすがに小児病棟では黙って話を聞くというわけにもいかない。テンションを上げ、良いお兄さんとして子どもと接するように努めた。しかし、3年目に転機が訪れる。
彼が担当していた患者さんの中に、一人の少女がいた。以前、彼女はある薬を飲んでいたが、副作用で太るのが嫌で、薬を飲まずに捨てていたという。その話を聞き、彼は気づいた。
「患者さんの生活全体をサポートするのが看護師の仕事なら、彼女が薬をきちんと飲める環境をつくるのも看護師の仕事じゃないか!」。
自分を振り返ると、3年の間に看護の仕事に慣れ、一人ひとりの子どもを見ていなかった。もっと子どもの心に寄り添った看護をするために子どもの服薬環境を勉強しようとしたが、この分野に関する研究はほとんどされていないのが現状だった。
「だったら、私が研究しよう」。
安本さんは、働きながら本学の大学院に戻り、子どもの服薬行動に関する研究にとりかかった。以来、『子どもが薬を飲みやすい環境づくり』は、看護師としての安本さんの重要なテーマになった。
病院の中の“現実”世界
臨床から距離を置き、大学院で看護学の研究をすることはとても楽しかった。修了後、そこで学んだことを現場で活かすために彼は頑張った。そんなある日、本学の堀田法子教授から電話があった。「藤田保健衛生大学さんが小児看護学の教員を探しているので、安本さんをぜひ紹介したい」というのだ。
彼は快諾した。
「10年?20年先を考えたとき、臨床の現場で何が求められているかを私が学生に教えられるのは『今』しかないと思ったんです」。
加えて、安本さんには、看護師をめざす学生にどうしても知ってほしいことがあった。それは、小児病棟と他の病棟の違いだ。
「大人は、病院の外と中に別の世界があることを知っています。でも小児病棟には、ここが世界のすべてだという子もいます。ここで人と関わり、社会性を学び、成長する子どもがいる。それを理解することが、小児看護で最も大切なことなんです」。
実は男性である安本さんが、本学を卒業して小児病棟の看護師になったのも、そこに理由があった。
「現実世界は優しいお姉さんばかりじゃなくて、私のような男の人もいます。子どもたちに、少しでも実際の世界に近い環境を用意してあげるという意味で、男性である私にも存在理由があるんです」。
だから、看護学を学ぶ男子学生にも意味がある。もちろん女子学生も、自分自身の性格やキャラクターのままで参加することに意味がある。そして、たくさんの学生に、小児看護に興味を持ってほしい。彼は授業を通して、学生にそんな思いを伝えようとしているのだ。
現在は椙山女学園大学に活躍の場を移し、看護師の育成を続ける安本さん。しかし彼は、このまま研究?教育だけをしていくつもりはない。
「今は臨床で学んだことを研究?教育に活かしていますが、その後は研究?教育の現場で学んだことを臨床に生かしていきたい」。
それを繰り返すことが、彼にとっての『学問』なのだ。彼の看護学への探求は、まだまだ続く。
プロフィール
安本卓也さん
椙山女学園大学 看護学部 講師
[略歴]
2003年 足球彩票 看護学部 卒業
あいち小児保健医療総合センター 看護師
2008年 足球彩票 大学院看護学研究科 博士前期課程 修了
2009年 藤田保健衛生大学 医療科学部 看護学科 助手
2011年 藤田保健衛生大学 医療科学部 看護学科 助教
2012年 椙山女学園大学 看護学部 講師
現在、看護学部では全学生の約1割が男子だが、彼が入学した年の男子はわずか2名。元気の良い女子に囲まれ、いつでも「自分って何だろう」「自分は将来どうすればいいんだろう」とじっくり考えることができたという。もちろん、日頃からの教員のバックアップも大きかった。特に男性の御供(みとも)教授(現?看護学部名誉教授)が「看護の分野で、男だからできることはいっぱいある」といつも励ましてくれたことが嬉しかった。他にも名市大の自由な学風の中、周囲の多くの人に支えられ、守られながら、彼は小児看護という人生のテーマを見つけたのだ。