卒業生の声
面白いことを探し続ける日々。
本学と愛知工業大学でプログラミングなどの講義を担当する松河剛司さんは、芸術工学部を卒業した後、大学院芸術工学研究科で5年の月日を過ごした。トータルで9年間、本学の北千種キャンパスに通ったことになる。決して広くないこの空間で、9年間も彼が何をしていたのかというと──「楽しんだ」。このひとことに尽きる。
「いろんな先生の研究室や実習室に顔を出し、面白いことはないかと探す学生でした」。
中でも川井一義教授(2011年に退官)の研究室がお気に入りで、用がなくても通いつめた。時には先生の炉を使って七宝焼きを自作したこともある。それが高じて、彼は仲間と一緒に大学“非公認”の『七宝部』を立ち上げてしまった。
「作るプロセスが好きなんです。職人さんのようなストイックなものでなく、多くの人と刺激しながら作るプロセスを楽しみたい。そんな私に、美術でも芸術でも工学でもない、芸術工学部は最高の環境でした」。
彼は学部の3年生の時、その後の彼の研究テーマとなる技術と運命の出会いをする。
「それが、横山清子助教授(当時/現在は教授)が指導しておられたモーションキャプチャでした」。
モーションキャプチャとは、人間の身体にマーカーを装着し、複数のカメラで撮影した動画から人間の動きを数値化してコンピュータに取り込む技術。コンピュータグラフィクスを使った映画やゲームの動画作成に使われたことで、近年、その応用分野が広がってきた。
「ちょうど私が卒論のテーマを探していた時、本学に最新のモーションキャプチャスタジオが完成したんです」。
松河さんによれば、これだけのスペックと規模のモーションキャプチャスタジオは全国の大学でも例を見ないという。「これだけすごい設備なら、何か人のために役立つことができるかも知れない。それに、何より面白そうだ」。こうして、彼はモーションキャプチャの応用研究を卒論のテーマにしようと決めた。
もっと楽しむために大学院へ。
しかし、すぐに彼は一つのジレンマに突き当たる。ハードの飛躍的な進歩によってコンピュータの処理速度が上がる。するとモーションキャプチャの可能性がさらに広がる。それは歓迎すべきことである反面、ハードの限界値を決められないということである。
「この研究の一番難しいところは、世の中の環境の変化とハードの進化を正確に予測することかも知れません」。
モーションキャプチャという夢の技術を楽しみ尽くすには、芸術工学部の4年間はあまりに短過ぎた。もっと先を知りたくて、彼は大学院に進むことを決めた。
芸術工学研究科で、彼は3次元CGによる生体情報の可視化に取り組んだ。これはモーションキャプチャと筋電計などを組み合わせることで、人間の動きに対して、どの筋肉にどれだけ負担がかかるかを視覚的に理解するという研究。これを使えば、たとえば介護の現場などで、介護する方とされる方の双方に最も負担の少ない動作をリアルタイムに探ることが可能になる。
「元来、モーションキャプチャはリハビリ用の技術。それが映画やゲームに使われて一般的になったという経緯があります。だから、介護で使うのはとても理にかなっています」。
他にも自動車のセンターパネルのどこにボタンを配置すれば最も運転者の負担が少なくてすむかを探るツールや、剣道の有段者の動きを可視化して効果的な練習方法を探るツールなど、モーションキャプチャと筋電図の組み合わせは実にさまざまな分野で応用が期待されている。
未来の人々を楽しませよう。
しかし先にも述べたように、ハードの技術は加速度的に進化し続けている。
「今日、モーションキャプチャを行うには人間の身体にマーカーを装着して撮影する手間が必要です。でも間違いなく数年以内に、そんな装置は不要になります」。
現在の最先端のハード研究によれば、加速度センサを埋め込んだ服を着るだけで、撮影しなくても人間の動きをリアルタイムでコンピュータに取り込む技術が実用化されているという。
「そんな服を私たちが普通に着て街を歩く時代が来るかも知れません」。
その時、モーションキャプチャで何ができるのか。言い換えれば、それはモーションキャプチャがどんな社会を作り出そうとしているかという問題でもある。「誰も見たことがないわけですから、何も参考にできません。でも、未来がどうなっているかをみんなで議論しながら予測し、その世界の人々をどうやって驚かせようかと考えるのは楽しいですよ」。
大学院時代、横山先生らの講義でTA(ティーチングアシスタント)を5年間務め、自分が教えることによって学生が成長する歓びに目覚めたという松河さん。彼は今、愛知工業大学情報科学部の講師としてマルチメディア情報処理を指導するかたわら、本学でも非常勤講師としてモーションキャプチャとCGプログラミングの講義を担当する。どちらの大学でも、彼が授業を通して学生に伝えたいテーマは「楽しみながら学ぶ」ことだという。
「プログラミングは苦手という人も多いのですが、少し入力値を変えたりコマンドの書き方を工夫したりするだけで、画像が思いもよらない動きをすることがあります。本当は、プログラミングって楽しいんですよ」。
松河さんからものづくりを学ぶ学生は、とても幸せだ。なぜなら、そのものづくりのプロセスを、今でも心から楽しんでいる大人が目の前にいるのだから。
プロフィール
松河剛司さん
愛知工業大学 情報科学部 情報科学科 講師
[略歴]
2005年 足球彩票 芸術工学部 視覚情報デザイン学科(現?情報環境デザイン学科) 卒業
2007年 足球彩票 大学院芸術工学研究科 デザイン情報領域 博士前期課程 修了
2010年 足球彩票 大学院芸術工学研究科 デザイン情報領域 博士後期課程 修了(芸術工学博士)
愛知工業大学 情報科学部 情報科学科 助教
2011年 愛知工業大学 情報科学部 情報科学科 講師
学生時代の4年間、お昼休みに北千種キャンパスの学食でアルバイトをしていた松河さん。学食は名物の「食堂のおばちゃん」(和田静子さん:2011年3月に退職)を中心とするアットホームな職場で、松河さんたちお手伝いのスタッフは、まるで家族のようだったとか。「修士?博士課程と進むに連れて同学年の知人が減っても、学食に行けばおばちゃんに会えるので寂しくありませんでした」と松河さん。彼の9年の学生生活を支えたのは、実は食堂のおばちゃんなのだ。