在学生の声
自分には選択肢が一つしかない
高校時代から化学が得意だったという三村佳久さん。中でも薬品の構造式を見るのが好きで、将来は薬剤師になると決めて足球彩票に進んだ。これで6年間は勉強に追われるに違いないと思っていたが、決してそんなことはなかったという。実は三村さん、入学してから「国家試験に向けてあれを勉強しなさい」「これを勉強しなさい」という意味の言葉を先生から言われたことがない。
「名市大の特徴だと思います。自分自身を律していかなければならなかったので大変でしたが、その分自由な時間もあり、いろいろなことに挑戦できました」
しかし、勉強に追われるだけではない環境のおかげで、彼は自分で考えて行動することの大切さを学ぶことができた。同時に、あれこれと自分について考える時間が生まれた。
「私が一番考えたのは、自分も含めて薬剤師を志す人は、薬剤師になることが当たり前で、それ以外の進路について深く考えたことがないのではないか、ということでした」
そう考えたのには理由がある。
彼は大学に入学してから陸上部に所属し、薬学部だけでなくさまざまな学部の学生と出会った。ある日、経済学部の友人と就職活動について話をした時、三村さんは友人と自分の考え方の違いに驚いた。
「彼は、卒業したらどんな業種?業態で、どんな仕事をするのかを悩んでいました。その姿を見て、彼には無限の選択肢があるのに、自分には薬剤師という選択肢しかないことがショックでした」
その瞬間、大学に入って懸命に勉強はしてきたものの、自分の将来について深く気にしてこなかったことに気づいた。薬剤師になる以上に、自分はこれから何をすべきか?????。
それが、本学の薬学部で学んでいく上で彼の重要なテーマとなった。
教育者になるという覚悟
その後、彼は実務実習で学内外の多くの施設に行き、さまざまな薬剤師から指導を受けながら、自分がこれから何をすべきかを考え続けた。その中で彼が気づいたのは、薬剤師の素晴らしさが多くの学生に十分に伝わっていないのではないか、ということだった。
「ある意味、薬剤師はとても中途半端な立場です。せっかく6年間勉強して資格を取っても、薬の処方は医師にしかできません。その代わり、薬剤師は薬の専門家として医師に提言を行ったり、薬の研究を通して世の中に貢献するなど、重要な役割を持っていると思います」
そして、彼は決意した。国家試験に合格することが目的ではなく、意欲を持って薬剤師になりたいと思って勉強する学生を、自分が育てていきたい。こうして、彼は薬学に関わる人材教育に関わりたいと思うようになった。
その思いを実習を指導してくれた木村和哲教授に話すと、先生はとても喜んでくれた。
「これから大学で教育を行うつもりなら、まず大学院に進み、博士号を取りなさいと言われました」
そして木村先生は、こう続けたという。
「薬学部の6年で資格を取るのは大変だけど、大学院の4年で博士号を取るのはもっと大変。覚悟しておきなさいよ」
研究者として社会に貢献する
薬学部時代、彼は「トランスポーター」について研究していた。
「トランスポーターとは、細胞膜を通して薬剤を体内に取り込んだり、逆に老廃物を体外に排出したりする働きを持つタンパク質のこと。まだまだ薬学の世界では新しいテーマで、名市大の研究は世界的にもかなり高いレベルにあります」
そして現在も、彼は大学院薬学研究科で新しいトランスポーターの発見をめざして基礎研究を進めている。
「最近、薬とフルーツジュースを一緒に飲むと薬が吸収されにくくなるという報告がありました。私はこの現象にトランスポーターが関与しているという仮説を立て、分子実態やメカニズムの解明に取り組んでいます」
もしこのトランスポーターを解明できれば、その特性からフルーツジュースと相互作用を起こしやすい薬、起こしにくい薬を区別できるため、薬物治療の最適化が大いに進むに違いないという。
2014年の秋には、米?サンフランシスコで開催された国際薬物動態学会に参加し、ポスター発表を行った。海外の学会での発表は初めての経験だ。
「日常英語はなんとか通じても、専門的な内容を英語で説明するのはとても苦労しました。でも海外の研究者からたくさんの質問をいただき、このテーマの注目の高さを感じました」
次の発表に向け、彼は毎日朝8時から研究室の仲間と英会話の勉強を続けている。
そして、薬剤師であり続ける
将来は、大学病院に薬剤師として就職し、最先端の薬物療法に関わろうと考えている。
「同時に、今取り組んでいるトランスポーターの研究も続けていきたい。また、薬剤師をめざす学生に、薬剤師という仕事の使命や役割、そして素晴らしさを伝えていきたいという思いもあります」。
本学で学ぶうちに、薬剤師以外の可能性がどんどん広がってきた。しかし、彼は一つだけ不安に思っていることがあるという。
「私がなりたいのは、あくまでも薬剤師。それは大学に入った時から変わりません。しかし大学院の4年間はどうしても基礎研究が中心になりますから、薬剤師の臨床現場から離れてしまうことがとても不安です」
そこで今、彼は調剤薬局で薬剤師のアルバイトもしている。
「日々進化する臨床現場の薬物治療のことも知っておきたいし、何よりも患者さんと直接触れ合えるのは調剤薬局だけですから」
今、彼の目の前には、6年をかけて自分で切り拓いてきた数多くの選択肢がある。
プロフィール
三村佳久さん
薬学研究科 博士課程1年
長いスパンで目標を決め、全力で挑戦するタイプ。高校まではボート部の活動に全力で取り組み、大学に入ってから人生初の陸上部に入部したのも「本気で運動をするチャンスは人生でこれが最後。だったら、昔からやりたかった走り高跳びに挑戦しようと思ったから」だという。自己ベストは1メートル80センチ。「自分の身長をクリアできたのが嬉しかった」と三村さん。当面の目標は、英語力を磨いて国際学会で恥ずかしくない発表とディスカッションをすること。この先も、薬剤師として彼の挑戦は続く。彼が挑戦すべきバーの高さは、これからも上がり続けるのだ。