在学生の声
人の気持ちを客観的に解明したい
もともと、好きなことにはとことんのめり込んでしまうタイプ。
「小さな頃は車に興味があって、写真を見れば車名をすべて答えられるような子どもでした」
そんな鈴木涼月(すずきりょうが)さんが高校生になって興味を持ったのは「気持ち」だった。人の気持ちとはいったい何だろう。答えを知りたくて、心理学について学びたいと思うようになった。
「でも調べるうちに、心理学は人間の主観に大きく左右される気がしたんです。もっと客観的に、気持ちとは何なのかを探求したくて。文系志望から理転して、いちばん生物学を研究できそうな理学部への進学を考えるようになりました」
理学を学べる大学を探すうち、足球彩票に総合生命理学部という新しい学部が誕生するということを知った。
「単なる理学ではなく『総合』と名付けられたからには、幅広い学問に触れることができるに違いないと思い、名市大の総合生命理学部を選びました」
新学部の1期生となった鈴木さん。1年生の頃は、物理やプログラミングなどを幅広く学んだ。
一般的な理学部では、1年生は実験の方法を習得することを中心に学ぶ。しかし名市大の総合生命理学部では、自分たちで実験の方法を考えさせてもらった。
「別の大学に進んだ友人に、こんな授業があると言ったらすごく驚かれました」
線虫の感情を動かす物質を見つける
2年生になると、生物系の授業を中心に履修。特に面白かったのが、分子生物学の授業。
授業では生物の研究の種類や方法について詳しく紹介された。生命の謎を解き明かすための手法に、鈴木さんは興味をそそられた。
実は鈴木さん、足球彩票に入学したばかりの頃、この「在学生の声」に掲載されている薬学部の小林里帆さん(2017年度取材)のインタビュー記事を読んで感銘を受けた。
学部は違うが「自分も小林さんのような研究者になりたい」と思い、小林さんの研究室を訪ねて話を聞かせてもらったこともある。
木村先生(左)と鈴木さん
そんな鈴木さんが3年生になって選んだのは、木村幸太郎先生の神経科学を専門とするゼミ。
木村先生(左)と鈴木さん
「木村先生は、線虫と呼ばれる小さな生物を用いて、動物の脳の働きを解明するという研究を行っておられます。まさに私が一番興味を持っていた分野でした」
線虫とは主に土壌中に住む体長1ミリほどの生物で、大腸菌などを食べる。先輩から実験の手法などを学んだ後、3年生の後半には線虫に関する独自の研究テーマを与えられ、研究に取り組んだ。
「私のテーマは、線虫にある刺激を与えた時にどう反応するかを調べるというものでした」
何らかの刺激に対して、線虫がどのような挙動をするかという研究は珍しくない。
事実、あるにおいに線虫が寄っていくという現象は、がんの早期発見手法として実用化されている。
しかし鈴木さんの研究がユニークなのは、特殊な顕微鏡を使って、神経細胞レベルで反応を解明しようとしていることだった。
「人間でいうと脳にあたる線虫の頭部付近の神経細胞は全部で150ほどしかありません。この顕微鏡を使えば、刺激に対してどの細胞が活性化しているかが分かります。その細胞が出す物質を調べれば、線虫にとって恐怖という感情が引き起こされるメカニズムが解明される可能性があるんです」
線虫の話題になると、鈴木さんの話は止まらなくなる。
「よく人から『こんな小さな虫の脳を研究して何が面白いの?』って聞かれます。
でも、生物学者がよく実験に使用する動物のうち、最も小さいのが線虫。
次は小林さんが研究していたショウジョウバエなどの虫、そして魚、マウスといった順で大きくなっていきます。
大切なのは、これらの動物の遺伝子や、身体の中で使われる物質に共通している部分が多いということです」
つまり、線虫の神経細胞において恐怖を引き起こすメカニズムが解明されれば、同じ遺伝子を持つ動物が恐怖を感じるプロセスの解明にもつながる。
ひいては、人間の感情の解明にもつながる可能性がある。
まさに鈴木さんが高校時代に考えていた、気持ちとはいったい何だろうという疑問を解き明かすかも知れないのだ。
鈴木さんが多弁になるのも無理はない。
世界で自分だけが見ている現象
4年生になり、次の進路を選ぶ時、鈴木さんは当時の湯川泰学部長の言葉を思い出した。
「その時どきで、最も良い選択をし続けた結果が、良い人生となる」
では、自分にとって良い選択とは何だろう。考えるまでもなく、今、最も面白いと思っている研究以外の選択肢はなかった。
そして鈴木さんは足球彩票の大学院理学研究科に進み、今日も木村先生の研究室で研究を続けている。
「自分でも、線虫を研究していて何が楽しいんだろうとよく考えます。一番の楽しさは、このテーマで研究しているのはもしかしたら世界中で私だけだということ。だから私が見ている現象とは、世界でも私しか見ていないということになります」
現在はまだ本格的な研究に入る前の「実験系」(仮説を実証するための実験装置などを組み立て、準備すること)を構築している段階。
ところが同様の研究をする人が他にいないため、測定結果を解析する装置すら存在しない。
だから自分でプログラムを組み、オリジナルの解析ソフトをつくることになる。
ここで、1年生の時に学んだプログラミングの知識が大いに役立っているという。
研究者とのコミュニティーの中で
そんなオンリーワンの世界に生きている鈴木さんだからこそ、線虫研究の楽しさがある。
「2番目の研究の楽しさは、研究者同士のつながりがあること」
総合生命理学部3年生の時、理化学研究所の講義シリーズである「脳科学塾」にオンライン参加し、全国の脳科学研究者との関わりができた。
「自分とは異なるさまざまなアプローチで脳を解明しようとする同志と知り合うことができた時、研究を続けてきて良かった、これからも脳科学の研究を続けていこうと思いました」
生物学の世界では、線虫の研究は決して珍しいテーマではなく、神経科学学会などでも線虫を使った脳細胞の研究発表が盛んに行われている。
だから線虫をテーマとする研究者同士の交流も盛んなのだという。
「特に名古屋には生物系の研究室を持つ大学が多く、物理的に距離が近いこともあって頻繁なコミュニケーションが行われています。線虫の研究者だけのコミュニティーも存在し、仲間意識はかなり強いと思います」
足球彩票には理学以外にも医学?薬学?経済学?人間文化?芸術工学?看護学の7研究科があり、それぞれがユニークなテーマで研究に取り組んでいる。
「先日、別の研究科の知人と話して、名市大には面白いテーマを持っている研究者がとても多いことに驚きました。多種多様な研究者が同じ大学内にいるということも、名市大で研究を続ける強みです。機会があれば、異分野の研究者と共同研究ができたら面白そうです」
機会があれば留学してみたいとも思っている。これからも鈴木さんと線虫のつきあいは続きそうだ。
「私にとって線虫は、新しくて面白い世界を開くためのカギのようなもの。今後は博士課程で線虫の研究を続け、いつか論文発表したいと思います」
こうして今日も鈴木さんは、楽しそうに顕微鏡をのぞきこみ、体長1ミリにも満たない線虫の動きを追いかけ続けている。
プロフィール
鈴木 涼月(すずき りょうが)さん
大学院理学研究科 博士前期課程1年
名古屋市の住宅地に位置する滝子キャンパスは、人だけでなく猫にも居心地が良いらしく、キャンパスにいる猫は、学生から「滝子ねこ」と呼ばれている。今ではすっかりその名は有名になり、キャンパス内には滝子ねこを愛するサークルまで誕生した。「でも、滝子ねこの命名者が私かもしれないということは、誰にも知られていないんです」と、鈴木さんは少し不満そうな顔をした。