Scn1aレポーターマウスは重症てんかんにおける突然死発症神経回路を提示する
研究のポイント
- 電位依存性ナトリウムチャネルα1サブユニットNav1.1をコードし、てんかん?知的障害?自閉症で変異が見られるScn1a遺伝子の発現機構を利用して蛍光レポータータンパクGFPを発現するマウスを作製しました。
- 大脳皮質においてNav1.1 (GFP) は抑制性神経細胞で強い発現が見られますが、加えて興奮性神経細胞の一部である錐体路投射細胞でも発現することを明らかにしました。一方、海馬ではNav1.1の発現は抑制性神経細胞のみに限られました。
- 別のてんかん?知的障害?自閉症の原因遺伝子であるScn2aがコードする電位依存性ナトリウムチャネルα2サブユニットNav1.2は、大脳皮質では多くの興奮性神経細胞(皮質-線条体、皮質-視床、皮質-皮質投射細胞など)で発現し、Nav1.1とは重複しないことを明らかにしました。
- 本研究成果は、てんかん?知的障害?自閉症、更にはてんかんに伴う突然死の発症機構の理解に大きく貢献するものです。
研究成果の概要
足球彩票大学院医学研究科 脳神経科学研究所 神経発達症遺伝学分野の山川和弘教授、山形哲司特任助教、鈴木俊光講師、日本医科大学 足球彩票 システム生理学の荻原郁夫准教授、理化学研究所 脳神経科学研究センター 神経遺伝研究チーム(山川チームリーダー)の立川哲也研究員(研究当時)、行動遺伝学研究チームの糸原重美チームリーダー(研究当時)らの共同研究グループは、内在性のScn1aプロモーター※1と組み合わせた緑色蛍光タンパク(GFP)※2遺伝子を持つ遺伝子組換えマウス(Scn1a-GFPマウス)を作製し、Nav1.1を発現する細胞をGFPで標識(ラベル)して詳細に解析することにより、1)大脳皮質ではNav1.1が興奮性神経細胞※3と抑制性神経細胞※4の両方で発現しているのに対し、海馬では抑制性神経細胞のみで発現していること、2)Nav1.1とNav1.2タンパクは相互排他的に発現していること、3)大脳皮質の興奮性神経細胞のうち、錐体路※5投射細胞と一部の皮質から皮質へ投射する細胞がNav1.1を発現し、皮質から視床へ投射する細胞や皮質から線条体、皮質から皮質へ投射する細胞の多くはNav1.2を発現していることなどを見出しました。
これらの結果は、SCN1AやSCN2A遺伝子の変異によって引き起こされるてんかんや神経発達症の原因となる神経回路の解明や治療法の開発に貢献すると期待されます。
これらの結果は、SCN1AやSCN2A遺伝子の変異によって引き起こされるてんかんや神経発達症の原因となる神経回路の解明や治療法の開発に貢献すると期待されます。
背景
電位依存性ナトリウムチャネル(Navチャネル)は、神経細胞などの細胞膜上でナトリウムイオンを透過する通路を形成して、活動電位の発生と伝播、脳内の情報伝達に必須の役割を果しています。Navチャネルは、1つの主要なαサブユニットと、その動態や細胞内輸送を制御する1つまたは2つの補助的なβサブユニットによって構成されています。ヒトには9つのαサブユニット(Nav1.1?Nav1.9)と4つのβサブユニット(β1?β4)があります。αサブユニットのうち、SCN1A、SCN2A、SCN3A、SCN8A遺伝子にコードされるNav1.1、Nav1.2、Nav1.3、Nav1.6タンパク質が、中枢神経系に発現します。
胎生期にはSCN3Aが主に発現しており、出生後は、主にSCN1A、SCN2A、SCN8Aが発現します。これら3つの遺伝子は、てんかん、自閉スペクトラム症、知的障害など幅広い神経疾患で変異が見つかっており、なかでもSCN1Aはてんかんで、SCN2Aは知的障害?自閉症で最も頻度高く変異が見られる遺伝子です。これらの疾患を引き起こす神経回路を理解するためには脳内で原因遺伝子を発現する細胞の種類やそれらの詳細な分布/接続回路を正確に知ることが不可欠ですが、当初、Nav1.1は海馬興奮性神経細胞での発現(Nav1.1は細胞体、Nav1.2は軸索)が報告されたり、シングルセル RNA シークエンシングの結果から全ての神経細胞にNav1.1、Nav1.2、Nav1.6が全て発現するとするグループが存在したりするなど、現在でもやや混乱が続いている状況です。
山川教授らの研究グループは以前に、Nav1.1がパルブアルブミン(PV)陽性抑制性神経細胞(抑制性神経細胞の中でも最も数が多く、高頻度に発火して興奮性神経細胞を根元から強力に抑制する細胞)に強く発現することや海馬興奮性神経細胞には発現が見られないこと、大脳皮質にはNav1.1を発現している興奮性神経細胞が存在すること、Nav1.1およびNav1.2の発現が多くの脳領域で相互に排他的であることなどを報告しています。しかしながら、それら細胞の種類や割合についての詳細は不明でした。
胎生期にはSCN3Aが主に発現しており、出生後は、主にSCN1A、SCN2A、SCN8Aが発現します。これら3つの遺伝子は、てんかん、自閉スペクトラム症、知的障害など幅広い神経疾患で変異が見つかっており、なかでもSCN1Aはてんかんで、SCN2Aは知的障害?自閉症で最も頻度高く変異が見られる遺伝子です。これらの疾患を引き起こす神経回路を理解するためには脳内で原因遺伝子を発現する細胞の種類やそれらの詳細な分布/接続回路を正確に知ることが不可欠ですが、当初、Nav1.1は海馬興奮性神経細胞での発現(Nav1.1は細胞体、Nav1.2は軸索)が報告されたり、シングルセル RNA シークエンシングの結果から全ての神経細胞にNav1.1、Nav1.2、Nav1.6が全て発現するとするグループが存在したりするなど、現在でもやや混乱が続いている状況です。
山川教授らの研究グループは以前に、Nav1.1がパルブアルブミン(PV)陽性抑制性神経細胞(抑制性神経細胞の中でも最も数が多く、高頻度に発火して興奮性神経細胞を根元から強力に抑制する細胞)に強く発現することや海馬興奮性神経細胞には発現が見られないこと、大脳皮質にはNav1.1を発現している興奮性神経細胞が存在すること、Nav1.1およびNav1.2の発現が多くの脳領域で相互に排他的であることなどを報告しています。しかしながら、それら細胞の種類や割合についての詳細は不明でした。
研究の成果
Nav1.1やNav1.2などのNavチャネルの分布解析が困難な理由の一つに、それらが細胞体ではなく軸索などの神経突起部分に発現が多いことや発生段階に応じて発現量や発現部位がダイナミックに変化することなどから、往々にして発現細胞そのものを同定し難いことがあります。そこで共同研究グループは、Scn1a遺伝子のプロモーター制御下でGFPを発現する遺伝子組換えマウスを作製してNav1.1を発現する細胞をGFPで標識することにより同定し、その分布を免疫組織染色法※6やmRNA in-situハイブリダイゼーション法※7などで詳細に解析しました。このGFPの発現はScn1a mRNAの分布とよく一致し、大脳皮質では全神経細胞のおよそ2割がGFP陽性細胞であることが分かりました(図1)。
大脳皮質と海馬において、Nav1.1陽性の軸索起始部は全てGFP陽性細胞で観察されました。しかしながら大脳皮質では、GFP発現細胞の軸索起始部の半数弱のみNav1.1陽性であり、大脳皮質GFP発現細胞の多くではNav1.1の発現が非常に弱いか発現部位が細胞体から離れた部分であることが示唆されました。海馬では、興奮性神経細胞であるCA1-3領域の錐体細胞と歯状回の顆粒細胞にはGFPの発現がなく、Nav1.1陽性の軸索起始部も観察されないことから、Nav1.1は抑制性神経細胞だけで発現していることが示されました(図2)。
更に、Scn1a-GFPマウスと全抑制性神経細胞を特異的に検出できるマウスを掛け合わせて解析し、大脳皮質ではGFP陽性細胞の多く(?74%)は興奮性神経細胞であるのに対し、海馬ではそのほとんどが抑制性神経細胞であることが確認されました(図3)。
ところで、大脳皮質の興奮性神経細胞は遠く離れた領域に投射する、大きく分けて4種の細胞(錐体路投射細胞、皮質-視床投射細胞、皮質-線条体投射細胞、皮質-皮質投射細胞)からなることが知られています。錐体路投射細胞は皮質5層に分布して皮質から延髄や脊椎に軸索を伸長している細胞で転写因子 FEZF2タンパクを特異的に発現します。一方、皮質-視床投射細胞は6層などに分布し転写因子TBR1を発現しており、FEZF2とTBR1は相互排他的に発現することが知られています。そこで、Scn1a-GFPマウスにおいてFEZF2、TBR1などを興奮性の投射神経細胞のマーカーとして用いて調べた結果、皮質5層の錐体路投射細胞の大半がNav1.1を発現しておりTBR1は発現しないことが明らかになりました(図4)。
更に加えて多くの解析を行い、6層の皮質-視床投射細胞などのTBR1陽性細胞の多くがNav1.2陽性であること、5層と6層の皮質-線条体および2層と3層の皮質-皮質投射細胞の大部分は、Nav1.2を発現していること、GFP(Nav1.1)陽性抑制性細胞ではその殆どがPV陽性細胞とソマトスタチン(SST)を発現する細胞であることなどが明らかになりました(5層については図5でまとめた)。
[図5]マウス大脳皮質の5層に分布する興奮性と抑制性の神経細胞集団の区分。GFP陽性細胞のほとんどが、FEZF2を発現する興奮性神経細胞とパルブアルブミン(PV)やソマトスタチン(SST)を発現する抑制性神経細胞であり、ごく一部のみTBR1やNav1.2を発現する興奮性神経細胞であった。Nav1.1とNav1.2の発現は、相互排他的で興奮性神経細胞の大部分はNav1.2陽性であった。
以上の結果は、大脳皮質の各層において、Nav1.1とNav1.2が接続経路の異なる神経細胞の集団ごとに分かれて発現していることを示すものです(図6)。
SCN1A遺伝子の変異は軽症から重症のてんかん、知的障害、自閉症など広い範囲の神経疾患で見出されますが、中でも重症なのがドラベ症候群で、難治てんかん、知的障害や自閉的行動異常、さらには高い割合で突然死を引き起こすことで知られ、およそ8割の患者さんでSCN1A遺伝子の機能喪失変異が見出されます。山川教授らの研究グループは以前に、患者で見られたScn1aナンセンス変異のノックインマウスにおけるけいれん発作と突然死、記憶学習障害と社会性行動異常、PV陽性細胞でのNav1.1半減がてんかん発作と突然死のみならず社会性行動異常の主原因でもあること、更には、Nav1.1が大脳皮質の興奮性神経細胞の一部にも発現し、そこでの半減は逆にてんかん発作?突然死を軽減する効果を持つことを報告しています。特に最後の知見と、別のグループのScn1aノックアウトマウスに見られる突然死が副交感神経系の過活動による心停止により引き起こされるとの報告は、今回の研究で見出された「Nav1.1の大脳皮質錐体路投射細胞での発現」と併せ、ドラべ症候群における突然死の発症メカニズムとして、1)大脳皮質PV陽性抑制性神経細胞におけるNav1.1の半減が当該細胞の機能低下をもたらし、2)下流の大脳皮質錐体路投射細胞の脱抑制による過剰興奮、3)更にはその下流の迷走神経の過剰興奮をもたらし、4)心臓の過剰抑制から心停止を経て突然死につながる、という神経回路を強く示唆することとなりました(図7)。
[図7]てんかん発作に伴う突然死の発症において、Nav1.1を発現する錐体路投射細胞を介した興奮の伝達が関与することを説明する仮説。抑制性神経細胞の機能が低下することで、錐体路へ過剰な興奮が伝わり、副交感神経の過活動が生じて心停止などが誘発されることが想定されます。
研究の意義と今後の展開や社会的意義など
本研究により、大脳皮質、海馬においてNav1.1およびNav1.2を発現する神経細胞の種類やその分布が詳細に明らかになりました。また今後、このScn1a-GFPマウスを利用することにより、他の脳領域におけるNav1.1発現神経細胞の詳細な分布解析や、これら細胞を単離して行う解析などが可能になります。これらの解析は、てんかんやそれにともなう突然死、自閉症スペクトラム障害、知的障害などの発症メカニズム解明や新しい治療法、発症予防法の開発につながると期待されます。
用語解説
※1 プロモーター:ゲノムDNAにおいて遺伝子の転写開始を制御する塩基配列の領域。その領域のDNA配列に転写基本因子群とRNAポリメラーゼが転写開始複合体を形成し、mRNAの転写が開始される。
※2 緑色蛍光タンパク(GFP):青色の光を吸収して緑色の蛍光を発するタンパク質。タンパク質の存在を蛍光顕微鏡で観察できる。GFPは、Green Fluorescent Protein の略。
※3 興奮性神経細胞:グルタミン酸を神経伝達物質とする神経細胞。グルタミン酸受容体を介して、受け手の神経細胞の活動を上昇させる神経細胞。
※4 抑制性神経細胞:ガンマ-アミノ酪酸(GABA)を神経伝達物質とする神経細胞。GABA受容体を介して、受け手の神経細胞の活動を低下させる神経細胞。
※5 錐体路:大脳皮質から発し延髄錐体を通過する遠心性神経伝導路。哺乳類における随意運動の主要経路である。主に大脳皮質の運動野の錐体細胞から出た神経繊維が集まったもので、大脳の中の内包を通り延髄に至る。
※6 免疫組織染色法:抗体を用いて組織内の抗原を検出する方法。蛍光物質などで標識した抗体を 用いることで、抗体の特異性を利用して抗原を検出し、抗原の局在を顕微鏡下で観察することができる。
※7 mRNA in situ ハイブリダイゼーション法:組織や細胞において、mRNAの分布や量を検出する方法。蛍光物質などで標識したRNAを用いて標的のmRNAをハイブリダイゼーションにより検出し、mRNAの分布を顕微鏡下で観察することができる。
※2 緑色蛍光タンパク(GFP):青色の光を吸収して緑色の蛍光を発するタンパク質。タンパク質の存在を蛍光顕微鏡で観察できる。GFPは、Green Fluorescent Protein の略。
※3 興奮性神経細胞:グルタミン酸を神経伝達物質とする神経細胞。グルタミン酸受容体を介して、受け手の神経細胞の活動を上昇させる神経細胞。
※4 抑制性神経細胞:ガンマ-アミノ酪酸(GABA)を神経伝達物質とする神経細胞。GABA受容体を介して、受け手の神経細胞の活動を低下させる神経細胞。
※5 錐体路:大脳皮質から発し延髄錐体を通過する遠心性神経伝導路。哺乳類における随意運動の主要経路である。主に大脳皮質の運動野の錐体細胞から出た神経繊維が集まったもので、大脳の中の内包を通り延髄に至る。
※6 免疫組織染色法:抗体を用いて組織内の抗原を検出する方法。蛍光物質などで標識した抗体を 用いることで、抗体の特異性を利用して抗原を検出し、抗原の局在を顕微鏡下で観察することができる。
※7 mRNA in situ ハイブリダイゼーション法:組織や細胞において、mRNAの分布や量を検出する方法。蛍光物質などで標識したRNAを用いて標的のmRNAをハイブリダイゼーションにより検出し、mRNAの分布を顕微鏡下で観察することができる。
研究助成
本研究は、日本学術振興会科研費 基盤研究 A(17H01564)、基盤研究 B(20H03566, 23H02799)、基盤研究 C(19K08284)、若手研究 B(19790747, 21791020)、挑戦的萌芽研究(16K15564)、AdAMS(16H06276)、日本医療研究開発機構 脳科学研究戦略推進プログラム(18dm0107092)、理化学研究所、武田科学振興財団、きよくん基金の助成により行われました。
論文タイトル
Scn1a-GFP transgenic mouse revealed Nav1.1 expression in neocortical pyramidal tract projection neurons
「Scn1a-GFPトランスジェニックマウスは大脳皮質の錐体路投射神経細胞におけるNav1.1の発現を明らかにした」
「Scn1a-GFPトランスジェニックマウスは大脳皮質の錐体路投射神経細胞におけるNav1.1の発現を明らかにした」
著者
山形 哲司1,2,#, 萩原 郁夫2,3,#, 立川 哲也2,#, 鈴木 俊光1,2, 大塚 佑香1, 今枝 菜緒1, 眞崎 恵美2, 井上 育代2, 床並 奈津子2, 日比 悠里名1, 糸原 重美4, 山川 和弘1,2*
(#co-first authors, *corresponding author)
【所属】
1 足球彩票大学院医学研究科 脳神経科学研究所 神経発達症遺伝学分野
2 理化学研究所 脳神経科学研究センター 神経遺伝研究チーム
3 日本医科大学大学院医学研究科
4 理化学研究所 脳神経科学研究センター 行動遺伝学研究チーム
(#co-first authors, *corresponding author)
【所属】
1 足球彩票大学院医学研究科 脳神経科学研究所 神経発達症遺伝学分野
2 理化学研究所 脳神経科学研究センター 神経遺伝研究チーム
3 日本医科大学大学院医学研究科
4 理化学研究所 脳神経科学研究センター 行動遺伝学研究チーム
掲載学術誌
学術誌名:eLife (イーライフ)
DOI番号:doi.org/10.7554/eLife.87495
DOI番号:doi.org/10.7554/eLife.87495