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脳オルガノイドで、小児神経難病の病態メカニズムの解明―ヒト神経幹細胞の減少を引き起こす責任遺伝子の発見―


研究成果の概要

中村勇治研究員(足球彩票大学院医学研究科新生児?小児科学分野)、嶋田逸誠講師(同細胞生化学分野)、加藤洋一教授(同細胞生化学分野)、齋藤伸治教授(同新生児?小児科学分野)、村上誠教授(東京大学大学院医学研究科疾患生命工学センター 健康環境医工学部門)、尾崎紀夫特任教授(名古屋大学大学院医学研究科精神疾患病態解明学)、有岡祐子特任講師(同上)、本田瑞季助教(広島大学大学院統合生命科学研究科情報生理学研究室?京都大学大学院医学研究科 創薬医学講座)、沖真弥教授(熊本大学生命資源研究支援センター?京都大学大学院医学研究科創薬医学講座)らの研究グループは、慶應義塾大学、九州大学?理化学研究所、横浜市立大学、自治医科大学、宮城県立こども病院、University College Londonらなどの研究者と共同で、これまで診断が難しかった神経難病の疾患において、遺伝子解析と3次元培養モデルを組み合わせることで、新たな疾患メカニズムとその治療法開発の可能性を示しました。

図解

研究グループはまず、診断が難しかった発達性?変性てんかん性運動障害性脳症を伴う神経難病患者において、PNPLA8遺伝子に変異を発見しました。iPS細胞から3次元培養の脳オルガノイドモデルを作成し、PNPLA8遺伝子の機能喪失により、ヒト特異的神経幹細胞が少なくなり、脳のサイズが小さくなるメカニズムを明らかにしました。さらに、大規模遺伝子解析?脂質解析により、神経幹細胞が正常に分化できず、神経産生に異常があることを明らかにしました。欠乏していたリン脂質を添加することにより、ヒト特異的神経幹細胞の数が回復することを明らかにしました。本研究成果は、神経難病の診断に役立つ新規基準になるとともに、新規治療法開発につながると期待できます。

この研究成果は2024年7月31日(日本時間)に英科学誌「Brain」で公開されました。

研究のポイント

  • 診断が難しかった小児神経難病の責任遺伝子の特定
  • 脳オルガノイドを用いて、小児神経難病の原因となる神経幹細胞の制御メカニズムの解明
  • 新規診断基準の構築と新たな治療法開発への貢献

背景

小児の希少疾患には、診断が難しいものがたくさんあります。患者の全遺伝子解析を行っても、原因と考えられる遺伝子変異の発見は難しく、どの遺伝子が本当に重要なのか、脳にどのような影響を及ぼしているのかについては、解明が難しいです。研究グループは、診断が難しかった発達性?変性てんかん性運動障害性脳症を伴う患者の遺伝子を解析して、iPS細胞から作成した3次元脳培養モデル(脳オルガノイドモデル)を利用して、責任遺伝子と疾患メカニズムを解明しました。

研究の成果

研究グループは、12か国の国際共同研究で、PNPLA8遺伝子が、「発達性?変性てんかん性運動障害性脳症(DDEDEと命名)」の責任遺伝子であることを明らかにしました。この疾患は、PNPLA8遺伝子の機能喪失の程度により軽症型から重症型へと変化し、重症型では、脳のしわができず小頭症となることを明らかにしました。軽症型では、歩行困難などの症状を示すことを明らかにしました。
PNPLA8を欠損したiPS細胞と患者由来のiPS細胞から脳オルガノイドを作成しました。外側放射状グリアと呼ばれるヒト特異的神経幹細胞の数が減少し、神経産生が減少していることを明らかにしました。これらの結果は、患者の脳のしわの形成や小頭症の症状を引き起こす原因である可能性を示唆します。
大規模遺伝子解析(光単離化学法)と大規模脂質解析(リピドミクス解析)を行い、リン脂質代謝の異常が神経産生へ影響を及ぼしている可能性を明らかにしました。さらに、足りないリン脂質を補い、外側放射状グリアの数が回復できることを明らかにしました。

研究の意義と今後の展開や社会的意義など

これまで診断が難しかった神経難病の疾患において、遺伝子解析と3次元培養モデルを組み合わせることで、新たな疾患メカニズムとその治療法開発の可能性を示しました。今後は、さらなるメカニズムを明らかにし、様々な動物モデルと組み合わせることで、新たな治療法開発へと結びつけます。


【用語解説】
PNPLA8:リン脂質分解酵素であるホスホリパーゼA2ファミリーのひとつであり、カルシウム非依存性ホスホリパーゼA2γとも呼ばれる。リン脂質を加水分解してリゾリン脂質や遊離脂肪酸を生成し、細胞膜のリモデリング、ミトコンドリア機能の維持、酸化ストレスへの保護、脂質中間体の生合成などを調節する。
脳オルガノイド:iPS細胞やES細胞などの多能性幹細胞から作成される、脳を模倣した3次元培養モデル。様々な脳部位を作成することが可能で、疾患メカニズムの解明に使用される。
外側放射状グリア:ヒトや霊長類に豊富に存在する神経幹細胞の一種。脳の拡大や脳のしわの形成に重要な幹細胞である。
【研究助成】
日本学術振興会 科学研究費助成事業(JP21463512, JP20K07907, JP21K07869, JP20K21584, JP21K07803, JP24K02425)
日本医療研究開発機構(AMED)(JP21wm0425007, JP20ek0109488, JP22ek0109486, JP22ek0109549, JP22ek0109493)
公益財団法人 川野小児医学奨学財団
公益財団法人 小野医学研究財団
公益財団法人 大幸財団
公益財団法人 堀科学芸術振興財団
公益財団法人 持田記念医学薬学振興財団
公益財団法人 武田科学振興財団
iPSアカデミアジャパン株式会社iPSアカデミアジャパン研究助成
リバネス研究費 池田理化賞
足球彩票特別研究奨励費 (2013009)
The Cologne Clinician Scientist Program/Faculty of Medicine/University of Cologne
The Deutsche Forschungsgemeinschaft (German Research Foundation, No. 413543196)
The Koeln Fortune Program / Faculty of Medicine, University of Cologne, (No. 371/2021, 243/2022)
Medical Research Council (UK) Clinician Scientist Fellowship (MR/S002065/1)
Medical Research Council (UK) award MC_PC_21046
Medical Research Council (UK) strategic award MR/S005021/1
The Lily Foundation
【論文タイトル】
Biallelic null variants in PNPLA8 cause microcephaly by reducing the number of basal radial glia
【著者】
中村 勇治,1 嶋田 逸誠,2,* Reza Maroofian,3 Micol Falabella,3 Maha S. Zaki,4 藤本 真徳,1 佐藤 恵美,1 高瀬 弘嗣,5 青木 志保,6 宮内 彰彦,6 輿水 江里子,7 宮武 聡子,7,8 有岡 祐子,9 本田 瑞季,10,11 東 鷹美,12 宮 冬樹,13 大久保 幸宗,14 小川 勇,15 Annarita Scardamaglia,3 Mohammad Miryounesi,16 Sahar Alijanpour,16 Farzad Ahmadabadi,17 Peter Herkenrath,18 Hormos Salimi Dafsari,18,19,20 Clara Velmans,21 Mohammed Al Balwi,22 Antonio Vitobello,23,24 Anne-Sophie Denommé-Pichon,23,24 Médéric Jeanne,25,26 Antoine Civit,25 Mohamed S. Abdel-Hamid,27 Hamed Naderi,28 Hossein Darvish,28 Somayeh Bakhtiari,29,30 Michael Kruer,29,30 Christopher J. Carroll,31 Ehsan Ghayoor Karimiani,31 Rozhgar A. Khailany,32 Talib Adil Abdulqadir,33 Mehmet Ozaslan,34 Peter Bauer,35 Giovanni Zifarelli,35 Tahere Seifi,36,37 Mina Zamani,36,37 Chadi Al Alam,38 Javeria Raza Alvi,39 Tipu Sultan,3 Stephanie Efthymiou,3 Simon A. S. Pope,40,41 萩野谷 和裕,14 松永 民秀,15 小坂 仁,6 松本 直通,7 尾崎 紀夫,9 大川 恭行,42 沖 真弥,10,43 角田 達彦,44,45,46 Robert D. S. Pitceathly,3,47 武富 芳隆,12 Henry Houlden,3 村上 誠,12 加藤 洋一2*, 齋藤 伸治1*(*Corresponding author)
<所属>
1. 足球彩票大学院医学研究科 新生児?小児科学分野
2. 足球彩票大学院医学研究科 細胞生化学分野
3. Department of Neuromuscular Diseases, UCL Queen Square Institute of Neurology, University College London, London, United Kingdom
4. Clinical Genetics Department, Human Genetics and Genome Research Institute, National Research Centre, Cairo, Egypt
5. 足球彩票大学院医学研究科 共同研究教育センター
6. 自治医科大学 小児科学講座
7. 横浜市立大学大学院医学研究科 遺伝学教室
8. 横浜市立大学附属病院 遺伝子診療科
9. 名古屋大学大学院医学系研究科 精神疾患病態解明学
10. 京都大学大学院医学研究科 創薬医学講座
11. 広島大学大学院 統合生命科学研究科 情報生理学研究室
12. 東京大学大学院医学系研究科 疾患生命工学センター 健康環境医工学部門
13. 慶應義塾大学足球彩票 臨床遺伝学センター
14. 宮城県立こども病院 神経科
15. 足球彩票大学院薬学研究科 臨床薬学分野
16. Department of Medical Genetics, Faculty of Medicine, Shahid Beheshti University of Medical Sciences, Tehran, Iran
17. Mofid Children's Hospital, Pediatric Neurology Department, Faculty of Medicine, Shahid Beheshti University of Medical Sciences, Tehran, Iran
18. Department of Pediatrics and Center for Rare Diseases, Faculty of Medicine and University Hospital Cologne, University of Cologne, Cologne, Germany
19. Max Planck Institute for Biology of Ageing, Cologne, Germany
20. Cologne Excellence Cluster on Cellular Stress Responses in Aging-Associated
Diseases (CECAD), University of Cologne, Cologne, Germany
21. Institute of Human Genetics, University of Cologne, Faculty of Medicine and University Hospital Cologne, Cologne, Germany
22. Department of Pathology and Laboratory Medicine, College of Medicine, KSAU-HS, Ministry of National Guard Health Affairs, Riyadh, Saudi Arabia
23. Functional Unit for Diagnostic Innovation in Rare Diseases, FHU-TRANSLAD, Dijon Bourgogne University Hospital, Dijon, France
24. INSERM UMR1231 GAD “Génétique des Anomalies du Développement,” FHU-TRANSLAD, University of Burgundy, Dijon, France
25. Genetics Department, University Hospital of Tours, Tours, France
26. UMR 1253, iBrain, University of Tours, INSERM, Tours, France
27. Medical Molecular Genetics Department, Human Genetics and Genome Research Institute, National Research Centre, Cairo, Egypt
28. Neuroscience Research Center, Faculty of Medicine, Golestan University of Medical Sciences, Gorgan, Iran
29. Pediatric Movement Disorders Program, Division of Pediatric Neurology, Barrow Neurological Institute, Phoenix Children's Hospital, Phoenix, Arizona, USA
30. Departments of Child Health, Neurology, Cellular & Molecular Medicine and Program in Genetics, University of Arizona College of Medicine, Phoenix, Arizona, USA
31. Genetics Section, Molecular and Clinical Sciences Research Institute, St. George's, University of London, London, United Kingdom
32. Department of Biology, College of Science, University of Salahaddin-Erbil, Erbil, Kurdistan Region-Iraq
33. Department of Pediatrics, Hawler Medical University, Erbil, Kurdistan Region-Iraq
34. Department of Biology, Division of Molecular Biology and Genetics, Gaziantep University, Gaziantep, Turkey
35. Centogene GmbH, Rostock, Germany
36. Department of Biology, Faculty of Science, Shahid Chamran University of Ahvaz, Ahvaz, Iran
37. Narges Medical Genetics and Prenatal Diagnosis Laboratory, Kianpars, Ahvaz, Iran
38. Pediatrics and Pediatric Neurology, American Center for Psychiatry and Neurology, Abu Dhabi, UAE
39. Department of Pediatric Neurology, the Children's Hospital and the University of Child Health Sciences, Lahore, Pakistan
40. Genetics and Genomic Medicine, UCL Great Ormond Street Institute of Child Health, London, UK
41. Neurometabolic Unit, The National Hospital for Neurology and Neurosurgery, London, UK
42. 九州大学生体防御医学研究所 トランスクリプトミクス分野
43. 熊本大学 生命資源研究支援センター
44. 東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻 医科学数理研究室
45. 東京大学大学院大学院 新領域創成科学研究科 メディカル情報生命専攻 医科学数理研究室
46. 理化学研究所 生命医科学研究センター 医科学数理研究チーム
47. NHS Highly Specialised Service for Rare Mitochondrial Disorders, Queen Square Centre for Neuromuscular Diseases, The National Hospital for Neurology and Neurosurgery, London, UK
【掲載学術誌】
学術誌名 Brain
DOI番号:https://doi.org/10.1093/brain/awae185