モルヒネが持つ分子骨格を簡便に作る方法を開発?新たな鎮痛剤など、新薬候補化合物創出への応用に期待?
研究成果の概要
足球彩票大学院薬学研究科の中村精一教授、山越博幸助教(現東北大学)、大橋栄作助教は、酸化に弱い性質を持つイソベンゾフラン(注1)を酸化的な手法で発生させる革新的な手法を開発しました。さらに、この手法を利用して鎮痛薬成分モルヒネを簡便に化学合成することに成功し、創薬資源として有望なモルヒネ類似化合物群を得るための新しい道を拓きました。本研究成果は、英国王立化学会の旗艦誌『Chemical Science(ケミカル?サイエンス)』電子版に2024年10月19日に掲載されました。
研究のポイント
?酸化に弱いイソベンゾフランを酸化反応によって調製する初めての一般的な方法を開発し、生成物が不安定な問題を分子内Diels–Alder反応(注2)との連続反応とすることで解決した。
?反応に使用するフタラン類(注3)は入手容易な化合物である。
?空気中での取り扱いに注意が必要な金属触媒/反応剤を使わず、操作性に優れた手法である。
?開発した手法により、モルヒネなどの医薬品成分に含まれる「ヒドロフェナントレン(注4)骨格」とよばれる三環式の分子構造を効率的に合成できる。
?イソベンゾフランのDiels–Alder反応が可逆的に進行することを初めて実験的に確認した。
?開発した手法を用いるとモルヒネを少ない工程数で合成できたことから、依然としてアンメットニーズが存在する鎮痛領域の創薬に貢献することが期待される。
?反応に使用するフタラン類(注3)は入手容易な化合物である。
?空気中での取り扱いに注意が必要な金属触媒/反応剤を使わず、操作性に優れた手法である。
?開発した手法により、モルヒネなどの医薬品成分に含まれる「ヒドロフェナントレン(注4)骨格」とよばれる三環式の分子構造を効率的に合成できる。
?イソベンゾフランのDiels–Alder反応が可逆的に進行することを初めて実験的に確認した。
?開発した手法を用いるとモルヒネを少ない工程数で合成できたことから、依然としてアンメットニーズが存在する鎮痛領域の創薬に貢献することが期待される。
背景
医薬品を開発するためには、複雑な化学構造を持つ有機化合物を効率よく合成する化学技術が欠かせません。特に、数多くの医薬品成分に共通して含まれるモチーフ(部分構造)を効率的に作る方法が開発されれば、新しい医薬品成分の創出につながります。
ところで、鎮痛薬成分のモルヒネには類似の化学構造を持つ医薬品が多数知られています。あへん法で栽培が制限されてはいるものの、植物のけしからモルヒネそのものが得られるので、化学修飾※5によって供給できます。しかし、化学修飾には限界があり、供給が難しい化合物の中から医薬品候補化合物を発掘するためには化学合成の力が必要です。モルヒネには『ヒドロフェナントレン骨格』とよばれる三つの環が折れ曲がるように連なった特徴的な構造があります。モルヒネ類への変換の足掛かりとなる構造をヒドロフェナントレン骨格上に持たせた化合物を簡便に得る方法を開発すれば、モルヒネ類縁医薬品創製を容易にするものと考えられます。
ところで、鎮痛薬成分のモルヒネには類似の化学構造を持つ医薬品が多数知られています。あへん法で栽培が制限されてはいるものの、植物のけしからモルヒネそのものが得られるので、化学修飾※5によって供給できます。しかし、化学修飾には限界があり、供給が難しい化合物の中から医薬品候補化合物を発掘するためには化学合成の力が必要です。モルヒネには『ヒドロフェナントレン骨格』とよばれる三つの環が折れ曲がるように連なった特徴的な構造があります。モルヒネ類への変換の足掛かりとなる構造をヒドロフェナントレン骨格上に持たせた化合物を簡便に得る方法を開発すれば、モルヒネ類縁医薬品創製を容易にするものと考えられます。
研究の成果
本研究では、簡単に入手できるフタラン類を原料として用い、酸化反応と分子内Diels–Alder反応をワンポット(注6)で連続して行うことにより、ヒドロフェナントレン骨格を効率よく合成する方法を開発しました(図1)。一段階目の酸化反応で生成するイソベンゾフラン類は古くから知られる化合物群ですが、市販されている一部の特殊な化合物を除いて酸化?重合しやすいなど不安定なことから、材料科学領域以外での利用は限定されてきました。当該研究チームは扱いにくい一方で高い反応性を持つことに着目し、生成と同時に分子内Diels–Alder反応を起こさせることで不安定性の問題を解決することにしました。種々検討の結果、フタラン類に高温条件下で酸化剤であるパラクロラニルを作用させるとイソベンゾフランが生成することを見出し、分子内の二重結合との反応を経て酸素原子で架橋された構造を持つヒドロフェナントレン骨格が効率よく形成されることがわかりました。このように「酸化に弱い」イソベンゾフランを酸化的に生成させることで入手容易なフタラン類を原料とすることが可能となり、Diels–Alder生成物によく見られる脱酸素芳香族化※7も抑えることができました。
以上のように開発した方法の実用性を示すべく、モルヒネの合成に適用しました(図2)。本合成に使うフタラン2は化合物1より4工程で調製可能であり、開発した手法を用いることにより、モルヒネ類への変換の足掛かりとなる構造を組み込んだヒドロフェナントレン3を得ることができました。なお、この過程で、イソベンゾフランを用いた「Diels–Alder反応」が可逆的に進行することを、実験的に初めて証明することができました。酸素架橋構造を利用することで、モルヒネへの変換法が知られている前駆体4に3から6工程で変換できたことから、合計15工程でモルヒネを合成する方法を確立できたことになりました。
研究の意義と今後の展開や社会的意義など
本研究において、当該研究チームは酸化に弱いイソベンゾフランを酸化的に発生させる方法を開発しました。上述のとおりイソベンゾフランは非常に不安定で保存が難しく、使用直前に反応容器内で調製するのが一般的です。これまで調製法として、酸性条件下での脱水、塩基性条件下での脱プロトン化、加熱条件下での逆Diels–Alder反応などが知られていました。一方、酸化的手法による合成例はほとんどなく、安定で市販されている化合物限定で、わずか3例のみでした。したがって、本研究成果は基質一般性を持つ初めての酸化的調製法と位置づけられます。また、イソベンゾフランのDiels–Alder反応は従来、一部の例外はあるものの不可逆とされてきました。本研究は同反応が可逆なことを初めて証明するもので、イソベンゾフランの化学の発展に貢献しました。
Diels–Alder生成物が脱酸素芳香環化しやすく、芳香環が多数縮環した構造を持つ有機半導体などの原料化合物の合成に好都合なことから、イソベンゾフランは主に有機エレクトロニクスなど材料科学の分野で利用されてきました。しかし、医薬品成分あるいはその候補化合物の合成に利用されることはこの30年間ほとんどありませんでした。本研究により、化学変換の足掛かりとなる酸素架橋構造を持つ生成物が簡便に得られるようになったことで、モルヒネ類縁化合物はもちろんのこと、ヒドロフェナントレン骨格を持つ多様な医薬品候補化合物の合成に新たな道が拓かれたといえます。依存性?鎮痛耐性?副作用?緻密な投与制御などの臨床的課題を解決する新たな鎮痛剤の開発などにつながることが期待されます。
Diels–Alder生成物が脱酸素芳香環化しやすく、芳香環が多数縮環した構造を持つ有機半導体などの原料化合物の合成に好都合なことから、イソベンゾフランは主に有機エレクトロニクスなど材料科学の分野で利用されてきました。しかし、医薬品成分あるいはその候補化合物の合成に利用されることはこの30年間ほとんどありませんでした。本研究により、化学変換の足掛かりとなる酸素架橋構造を持つ生成物が簡便に得られるようになったことで、モルヒネ類縁化合物はもちろんのこと、ヒドロフェナントレン骨格を持つ多様な医薬品候補化合物の合成に新たな道が拓かれたといえます。依存性?鎮痛耐性?副作用?緻密な投与制御などの臨床的課題を解決する新たな鎮痛剤の開発などにつながることが期待されます。
用語解説
1.イソベンゾフラン:炭素原子8個と酸素原子1個からなる二環性化合物で、芳香族性を持つ。寿命の短いことが知られ、トルエン中での半減期は12時間である。本研究では、イソベンゾフランを含む化合物群を広い意味で「イソベンゾフラン」とよんでいる。
2.Diels–Alder反応:環状構造を作り出す代表的な化学反応の一つであり、反応名に冠されている開発者2名はこの業績で1950年のノーベル化学賞を受賞した。Diels–Alder反応を起こす2つの構造が分子内に共存すると反応は分子内で起こるようになり、分子内Diels–Alder反応とよばれる。
3.フタラン類:本研究では、市販されている化合物「フタラン」と同じ構造を含む化合物群をフタラン類とよんでいる。フタランは、イソベンゾフランと似た構造を持つが、安定に保存でき、取り扱いやすい。また、容易に調製できる。
4.ヒドロフェナントレン:ベンゼン環3つが折れ曲がって縮環した化合物がフェナントレンで、二重結合が水素化された化合物はヒドロフェナントレンとよばれる。本研究で得られる化合物はフェナントレンより8水素多い環構造を持つので、正確にはオクタヒドロフェナントレンとなる。
5.化学修飾:目的物と類似の構造様式を持った化合物を原料に用い、化学反応によって部分構造を変えること。
6.ワンポット:一つの反応容器を意味する。複数の化学反応を一連の操作として一つの容器(ワンポット)内で行うと操作や使用する器具が減るため、効率的な化学合成が可能になる。この手法を特に「ワンポット反応」とよぶ。
7.脱酸素芳香族化:酸素原子が取り除かれて芳香環ができる化学反応。本研究で同反応が起こるとナフタレン誘導体が得られることになり、生成物の変換に支障をきたすため、同反応を抑える必要があった。
2.Diels–Alder反応:環状構造を作り出す代表的な化学反応の一つであり、反応名に冠されている開発者2名はこの業績で1950年のノーベル化学賞を受賞した。Diels–Alder反応を起こす2つの構造が分子内に共存すると反応は分子内で起こるようになり、分子内Diels–Alder反応とよばれる。
3.フタラン類:本研究では、市販されている化合物「フタラン」と同じ構造を含む化合物群をフタラン類とよんでいる。フタランは、イソベンゾフランと似た構造を持つが、安定に保存でき、取り扱いやすい。また、容易に調製できる。
4.ヒドロフェナントレン:ベンゼン環3つが折れ曲がって縮環した化合物がフェナントレンで、二重結合が水素化された化合物はヒドロフェナントレンとよばれる。本研究で得られる化合物はフェナントレンより8水素多い環構造を持つので、正確にはオクタヒドロフェナントレンとなる。
5.化学修飾:目的物と類似の構造様式を持った化合物を原料に用い、化学反応によって部分構造を変えること。
6.ワンポット:一つの反応容器を意味する。複数の化学反応を一連の操作として一つの容器(ワンポット)内で行うと操作や使用する器具が減るため、効率的な化学合成が可能になる。この手法を特に「ワンポット反応」とよぶ。
7.脱酸素芳香族化:酸素原子が取り除かれて芳香環ができる化学反応。本研究で同反応が起こるとナフタレン誘導体が得られることになり、生成物の変換に支障をきたすため、同反応を抑える必要があった。
研究助成
本研究は、JSPS科学研究費補助金JP17K08215, JP24K09713、日本医療研究開発機構(AMED)創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業(創薬等支援技術基盤プラットフォーム事業)、足球彩票特別研究奨励費、武田科学振興財団薬学系研究奨励、堀科学芸術振興財団第3部研究助成の助成を受けたものです。
論文タイトル
Oxidative generation of isobenzofurans from phthalans: application to the formal synthesis of (±)-morphine(フタランからのイソベンゾフランの酸化的な生成:(±)-モルヒネの形式合成への応用)
著者
Mirai Kage, Hiroyuki Yamakoshi, Manami Tabata, Eisaku Ohashi, Kimihiro Noguchi, Takeshi Watanabe, Manato Uchida, Minetatsu Takada, Kazutada Ikeuchi and Seiichi Nakamura*
所属 足球彩票
(*Corresponding author)
所属 足球彩票
(*Corresponding author)
掲載学術誌
学術誌名:Chemical Science(ケミカル?サイエンス)
DOI番号:10.1039/d4sc05890a
DOI番号:10.1039/d4sc05890a